Z世代が世の中をリード
2026.03.15
 間もなく4月がやってくる。オフィス街には、真新しいスーツに身を包んだフレッシュマンが大勢で闊歩する姿を目にする。社会人の第一歩がスタートするのだ。もう何十年か前、今はくたびれ果てた小欄にもそんな時があったのだ。彼らを見かけると、ともかく清々しくて気持ちがいい。そして4月といえば、それまでの白一色の寒々とした世界に花や樹々の色が戻ってくる季節でもある。昼の時間のほうが長くなり、さらには会社近くの大阪天満宮の梅が咲き、春の訪れを肌で感じている。そして続く桜の開花は新たなスタートを祝福してくれるかのようで、日本人にとって「春」はまさしく一年のスタートの季節でもある。
 今、現在のフレッシュマンといえば、年齢的にZ世代に属する。Z世代とは、1990年代半ばから2010年代序盤(一般的に1996年〜2010年頃)に生まれた、2026年時点で13〜29歳前後の世代を指す。幼少期からデジタル環境に親しんだ「デジタルネイティブ」であり、SNSでの発信力、社会課題(SDGs)への関心、タイパ(タイムパフォーマンス)を重視する保守的な消費行動が特徴の世代でもある。
 Z世代は社会的にも世の中の中枢に向かう年代でもあり、その動向が注目され始めた。この「Z」の語源はアメリカから来ており、1960年から70年代に生まれた人を「Generation X」と呼んでいたため、その次の世代をY世代、そしてさらに次の世代をZ世代と呼ぶようになった。Z世代より若い世代のことはα世代と呼ばれている。
 このZ世代はデジタル・SNS・ネイティブ: インターネットが日常的に存在し、情報収集やコミュニケーションをオンラインで行っている。タイパ(タイムパフォーマンス)重視: 無駄な時間を嫌い、効率的な手段や情報を選択する。合理的な生活を送っているということができる。さらには保守的な消費、「推し」の消費、事前に徹底的な情報収集を行う一方、自分の好きなことにはお金を惜しまない。いわゆる「推し」文化を推進する世代とも言われている。
 多様性と社会貢献、多様な価値観を受け入れ、SDGsやサステナビリティ(持続可能性)といった社会課題に敏感に反応し、躊躇なく行動に映す。この考えをベースに、実利的な仕事観を有し、安定志向でやりがいやスキルアップを重視する。スペシャリスト志向が強いのもZ世代の大きな特徴でもある。こんな新しい価値観を持つ世代が時代をリードしていくこととなる。社会も企業も否応なく共に歩むことになるZ世代。すでに大きなうねりとなって動き始めている。
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人はなぜ「走る」のか
2026.03.01
 私が今住んでいるマンションの前を3万4000人のランナーが駆け抜ける、大阪マラソンが2月22日の日曜日に行われた。2月にしてはポカポカ陽気に誘われて1時間ほど見物した。このマラソンでは、コース沿いでパフォーマンスを披露する「ランナー盛上げ隊」が沿道の8か所からエールを送り、よさこいなどの踊りや和太鼓のパフォーマンスを披露してランナーを励ました。昨年は最高気温7度の寒さの中で行われたが、今年は20度まで気温が上昇。マラソンに最適なコンディションのもとでの開催となった。一口に参加者3万4000人というが、これは長野県大町市や静岡県下田市など、日本における地方の中核都市の人口に匹敵し、わが国の一つの市や町がそっくり大移動することと一緒のことなのだ。 この数字からもわかるように、今、日本ではマラソンやジョギングの「走る」ことが大ブームで、全国各地で大会が開かれている。
 では、何故人は走るようになったのか。生物学者と人類学者によれば、「アフリカのサバンナで動物を狩るために長い距離を走らなければならなかったから」、人類は走ることで人間になったという。人間には走る遺伝子が備わっており、人類は走るために進化し、走ることによってさらなる進化を遂げた。長い人類史のなかで、人はさまざまな理由で走ってきた。戦いで援軍を求めるため、勝利を伝えるため、神に祈りを捧げるため、もっと速く、もっと遠くへ… それはいつしか限界への挑戦に変わり、競技としてのマラソンへと繋がっていく。マラソンは、紀元前490年に古代ギリシャの兵士が「マラトンの戦い」の勝利を伝えるため、マラトンからアテネまで約40kmを走り、報告後に息絶えたという故事にちなんでいる。1896年の第1回アテネオリンピックでこの伝令を称えて競技化され、1924年から42.195kmに固定され、現代に至っている。
 「ランニングハイ」という言葉がある。走り始めて30分ほど経つと爽やかな楽しみを感じ気分も良くなる、どこまでも走りたい気がするという状態のことを指す。
 古代の壁画に人が両手を挙げて走る姿が描かれている。人は「走ること」で生きる喜びを表し、嬉しいときに本能的に走る習性があるのかもしれない。複雑化した現代社会において、人間はあまりに多くのモノを身に付け過ぎた。人は「走ること」によって「原初状態」に戻ることができるのではないか。『人は、なぜ走るのか』という問いに対する合理的な答えは見つからないが、それでも、今日も人は走り続ける。 
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