第2305号 「お花見」の春がやってきた
2026.04.15
5日の日曜日、満開の桜に誘われて、会社近くの大川端まで花見に出かけた。川筋に出ると、歩けないほどの人で溢れ返っていた。ひと昔前は青いビニールシートの上で賑やかに宴会する光景が見られたが、最近はめっきり少なくなった。その変わりに、とくに大阪では中国を中心にインバウンドの人達が増え、枝ごと持って帰るグループに遭遇したこともある。彼らの国では「花見」という優雅かつ繊細な文化は存在せず、そのような振る舞いに至ってしまうのだろうが、日本人にとって端迷惑な話ではある。
そんな花見の起源については諸説あるが、時代をさかのぼると、奈良時代には貴族が梅を好み、花鑑賞をしていたようで、書物や絵にその様子が残されている。現代では花見と言えば桜を指すが、当時は中国から伝来した梅の花が主流だった。これは、決して桜が好まれていなかったわけではなく、当時の日本人にとって桜が神聖な木として扱われていたためで、「万葉集」には桜を詠んだ歌も残されており、古代神話以前から桜は神の宿る木として信仰の対象ともなっていた。桜の下で宴を開催している宮中の様子は、平安時代中期の名作「源氏物語」にも記されており、平安時代前期に編まれた「古今和歌集」でも、春の歌として桜を詠んだ歌が多く残されている。当時の貴族たちにとって、桜が「春を象徴する花」としてイメージされるようになっていることがうかがわれる。
時代を経て鎌倉時代に入ると徐々にあらゆる階層に広まっていくこととなる。武士や町人も桜を楽しむようになり、京都では山や寺社などにも桜が植えられたのもこの頃であるといわれている。安土桃山時代には、武士たちが外へ出かけて花見をするようになる。特に豊臣秀吉がおこなった「醍醐の花見」や「吉野の花見」は有名で、吉野にはおよそ5,000人、醍醐寺には1,000人以上が参加したといわれる。
ところで、桜の木は欧米でも多く植えられているのに、日本の花見のような風習はほとんどない。その理由として、海外では外での飲酒が法律で禁止されているところが多かったり、冷めてしまった料理をそのまま食べる習慣があまりないことなどが挙げられる。桜の下でお酒を飲み、彩り豊かで「冷めてもおいしい」お弁当を囲むお花見は、やはり日本独特の風習といえる。日本人は海外でも「最もマナーの良い観光客」の第1位に選ばれるほど評価が高い。団体でお酒が入っても、節度ある行動がとれる国民なのである。今年も季節を彩る風物詩として大いに楽しんでほしい。
そんな花見の起源については諸説あるが、時代をさかのぼると、奈良時代には貴族が梅を好み、花鑑賞をしていたようで、書物や絵にその様子が残されている。現代では花見と言えば桜を指すが、当時は中国から伝来した梅の花が主流だった。これは、決して桜が好まれていなかったわけではなく、当時の日本人にとって桜が神聖な木として扱われていたためで、「万葉集」には桜を詠んだ歌も残されており、古代神話以前から桜は神の宿る木として信仰の対象ともなっていた。桜の下で宴を開催している宮中の様子は、平安時代中期の名作「源氏物語」にも記されており、平安時代前期に編まれた「古今和歌集」でも、春の歌として桜を詠んだ歌が多く残されている。当時の貴族たちにとって、桜が「春を象徴する花」としてイメージされるようになっていることがうかがわれる。
時代を経て鎌倉時代に入ると徐々にあらゆる階層に広まっていくこととなる。武士や町人も桜を楽しむようになり、京都では山や寺社などにも桜が植えられたのもこの頃であるといわれている。安土桃山時代には、武士たちが外へ出かけて花見をするようになる。特に豊臣秀吉がおこなった「醍醐の花見」や「吉野の花見」は有名で、吉野にはおよそ5,000人、醍醐寺には1,000人以上が参加したといわれる。
ところで、桜の木は欧米でも多く植えられているのに、日本の花見のような風習はほとんどない。その理由として、海外では外での飲酒が法律で禁止されているところが多かったり、冷めてしまった料理をそのまま食べる習慣があまりないことなどが挙げられる。桜の下でお酒を飲み、彩り豊かで「冷めてもおいしい」お弁当を囲むお花見は、やはり日本独特の風習といえる。日本人は海外でも「最もマナーの良い観光客」の第1位に選ばれるほど評価が高い。団体でお酒が入っても、節度ある行動がとれる国民なのである。今年も季節を彩る風物詩として大いに楽しんでほしい。
2026.04.15 11:33
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