第2216号 今や日本人の必需品「マスク」
2022.08.15
娘が小学生の子供を連れて、3年ぶりにイギリスから日本に帰ってきている。ご承知のように、イギリスは今回のコロナ禍で最も感染者が多かった国のひとつである。幸いにも、娘の家族や近しい人達にも感染者はおらず、帰国してからもお盆の帰省者のようにのんびりと実家で過ごしている。コロナ禍に関しては、もう過去のことなのか、話題にも上らない。母親と淡路島に行ったり、学生時代の友達と食事をしたり、空白を埋めるように忙しい時間を送っている。そんな彼女は、家の中も外も一切マスクをしない。もちろん子供もしない。そもそもイギリスの人は大のマスク嫌いで、以前からマスクをしない国民と言われてきた。そんな中、イギリスのボリス・ジョンソン首相は6月下旬、イングランドで新型コロナウイルス対策のすべての法的規制を撤廃すると発表。隔離措置も廃止し、大規模検査も取りやめた。マスク着用者もほぼゼロに近い。翻って、日本人の感染者数が国際的にみても少ないのは、マスク着用者数の多さによるものといわれる。飛沫感染を事前に防いでいるのだ。もう着用は自己判断に任せるとの措置が取られても、100%近い人達がマスクを手放さない。今朝も通勤の地下鉄の車内はマスクを着けていない人は1人も見かけなかった。
このマスクと日本人。結構長い歴史とともに緊密な関係が続いてきた。日本でのマスクの歴史は、明治初期に始まる。当時のマスクは、真ちゅうの金網を芯に布地をフィルターとして取り付けたもの。主として粉塵よけに利用されていた。このマスクが、1918年のインフルエンザ(スペイン風邪)大流行をキッカケに、予防品として注目を集めるようになる。その後、マスクの改良も徐々に進み、金網をセルロイドに変えたものやフィルター部分に別珍や皮革などを使用したものが現れる。昭和に入り、インフルエンザが再び猛威をふるった1934年に、マスクは大流行。以後、インフルエンザがはやるたびに、マスクの出荷量も爆発的に増加。枠のない布地だけのものや1950年には日本初のガーゼマスクが布に代わるマスクとして誕生し、マスクは次第にその形を変えていく。1973年に不織布製プリーツ型の原型が日本での生産・販売されるようになり、1980年代からの花粉症の流行も、それまでのインフルエンザ用途に加えて一般家庭でのマスクの普及を促進させることとなり、立体マスクの登場など2000年以降、普及が促進さた。暑い夏、鬱陶しくても今や日本人の必需品。がんばって着用していく他はない。
このマスクと日本人。結構長い歴史とともに緊密な関係が続いてきた。日本でのマスクの歴史は、明治初期に始まる。当時のマスクは、真ちゅうの金網を芯に布地をフィルターとして取り付けたもの。主として粉塵よけに利用されていた。このマスクが、1918年のインフルエンザ(スペイン風邪)大流行をキッカケに、予防品として注目を集めるようになる。その後、マスクの改良も徐々に進み、金網をセルロイドに変えたものやフィルター部分に別珍や皮革などを使用したものが現れる。昭和に入り、インフルエンザが再び猛威をふるった1934年に、マスクは大流行。以後、インフルエンザがはやるたびに、マスクの出荷量も爆発的に増加。枠のない布地だけのものや1950年には日本初のガーゼマスクが布に代わるマスクとして誕生し、マスクは次第にその形を変えていく。1973年に不織布製プリーツ型の原型が日本での生産・販売されるようになり、1980年代からの花粉症の流行も、それまでのインフルエンザ用途に加えて一般家庭でのマスクの普及を促進させることとなり、立体マスクの登場など2000年以降、普及が促進さた。暑い夏、鬱陶しくても今や日本人の必需品。がんばって着用していく他はない。